2010年08月09日

バリー・シルバー先生WSレポート②その2(7/11)

(前エントリーからの続きです)

 

さておき、インドにおけるヨガは、ヴェーダ的/非ヴェーダ的世界観を背景に、サドゥやヨギのように秘教的道を極める者もあれば、世俗に生きる人々の生活にもどっしりと根ざし、儀礼や祭事、日々の祈り、信仰として、インド国内で深く広がっていきます。

 

このインドのヨガが世界に広まったのは、17世紀からの英国植民地時代、イギリス人により当時の密教・秘教的ヨガや哲学が翻訳されインド国外へと紹介され、エキゾチックなオリエンタリズムの台頭とともに、西洋におけるヨガやインド哲学への興味がうまれます。

 

そして聖者ラーマクリシュナの愛弟子ヴィヴェーカーナンダが、「アメリカへ渡りヨガを広めよ」という使命を受け、1893年9月11日シカゴにおける第一回国際宗教会議に参加し普遍宗教を説き、大いなる存在との合一の手段としてのヨガを提唱しました。これを機にインドからスワミ・ヨギが大挙してアメリカに渡り、様々なヨガが伝わることとなります。

 

以降、アメリカを中心としたヨガの広まりは、最終的にたどり着くモクシャにむかって、様々な形状をとりながら、木の枝のように多様に広がり伸びるサンプラダヤそのものです。

 

50年代にはインドラデビがハリウッドで俳優達にヨガを教え始めます。様々な種類のヨガの中で、あえてハタヨガ、アサナ中心のヨガを伝道したのは、アメリカという土壌と人々の健康志向ゆえだったのでしょう。

 

イギリス植民時代に蒔かれた種が、ヴィヴェーカーナンダの渡米により西洋文化に根っこを下ろし、ハリウッドヨガ(!)により健康志向のエクササイズとして、現在のいわゆる「アメリカ発のヨガ」が広まる土壌が築かれました。


そして、60~70年代のヒッピームーブメント、ビートルズとマハリシとの出会いによる、サブカルとしてのヨガ、現実逃避、ドラッグ、意識の変容、TM瞑想、ラジニーシ(osho)、アイアンガー、ヨーギパジャン、ムクタナンダ、etc
このあたりの話になるとご自信もリアリタイムで体験しているからか、一気に熱が入りました(笑)

 

ともあれ、インドの太古から伝わるヴェーダの教えから、ヨガという生き方、その伝わり方、広まり方、そして現在私達がマットの上で行っているポーズの練習まで。大きな俯瞰図でとらえると、その多様性と全てを飲み込んでしまう懐の大きさに驚かされますが、でも実はみんなひとつのゴールに向かって歩んでいることが見えてきました。



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バリー先生はレクチャークラスの冒頭によくこう言います。

 

わたしたちの行っているアシュタンガ・ビンヤサ・ヨガは、単なる「ひとつのメソッド、ひとつのシステム」なのです。

 

 

「ヨガ哲学」というと堅苦しい、「信仰・宗教」というと胡散臭い、「宇宙や存在の真理」というとトンデモ系、「スピリチュアルな自己発見の旅」というと江原か?・・・そんな偏見や先入観で聞く耳を閉じてしまう私達の心に、結局のところ私達はみなそれぞれの「心の拠り所」を持ちながら、それぞれの方法で「生きる」という旅をしているのだなぁ、と思わせてくれた気がしました。

 

そして、ここにいる私達は「ヨガ」もしくは「アシュタンガヨガ」というひとつのツールに出会い、魅了され、練習をしています。この「ひとつのメソッド・ひとつのシステム」の背景には何が存在し、その何に自分が引き付けれられ、それは自分自身が何を希求しているからなのか、を探求するよい機会となったなら幸いです。

 

「アシュタンガをやっているから、ポーズのことだけ追求すればよい」それはそれで素晴らしいことですが、そのポーズを自分という小宇宙の一番外側の粗大な「肉体」レベルだけで捕らえず、内にあるエネルギーや意識や感情や知性や直感といった更に微細なレベルで捕らえていくことで、単なるエクササイズからヨガの叡智に触れることができるのではないかな、と、未熟者ながらそんなことを思いました。

 

 

ご参加されたみなさま、ありがとうございました。

バリー先生、ありがとうございました。

 



drecom_zushi_de_yoga at 10:48│Comments(0)TrackBack(0)

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